究極のムラはどっちだ

 ▼…熊本県の白水、久木野、長陽の3村による合併協では、合併後「村」とするか「町」にするかが、議論の焦点となった。最終判断は、住民アンケートの結果に託された。住民の声は、3村ともに「村」が過半数を占めた。今村照昭・長陽村長は「自然を生かし、阿蘇山と同様、世界に誇れる村にしたい」と意欲を見せる。

 ▼…「村(ムラ)」は人々が「群れる」が語源で、明治以前は村の中にマチ(祭の場)やイチ(市場)が設けられた。ムラはあくまでも、自然や風土、生活空間を日常的に共有する地域の基盤だった。町村制施行で町と村が逆転し、戦後は経済力で賑わう市(都市)に人々が集まり始めたが。

 ▼…そう考えると、近年、超高層のマンション群が林立する東京の臨海副都心が「究極のムラ」ということか。しかし、生活空間が分断・階層化されたムラで、人々はどう群れるのか。住民の暮らしや文化を形作る風土が、そこではどんなものなのか。行政単位としては都合が良いようにも見えるが、ちょいと気になる。

 ▼…マンハッタン指向に対し、表参道の青山アパート再開発では、欅並木に沿って低層の街区を形成する計画が進行中だ。重視するのは緑豊かな景観と誰もが歩き、座れる公共空間。これは、共有する価値を守りながら、群れ合い・触れ合う「村の原風景」の再現にほかならない。

(17.Mar,2003 梶田博昭)