大理石の門に腰掛けて

 ▼…イタリアを拠点に活躍する現代彫刻家・安田侃の作品群が並ぶ北海道美唄市の廃校跡。白大理石の彫刻と木造校舎、木々の緑が不思議に調和し、蝉時雨とせせらぎの音が心にしみ入る。教室の椅子に腰掛け、窓越しにぼんやり庭を見ていると、遠い日々がよみがえってくるような錯覚にとらわれる。

 ▼…校舎を保存し、野外公園として整備するのに5億円余りを要した。個人の作品収蔵のために税金を使うことに一部異論もあったが、交流人口の増加など、効果も見え始めた。炭坑閉山で人口は3分の1に急減したが、まちを去った人々も含めて市民が故郷を誇りに思えるようになった。

 ▼…同じ造形が、ここではミラノや東京で見るのとは異なって映るのはなぜだろうか。恐らくは森羅万象を包含した無限の空間に在るためだと思う。施設は外に向かって開け放たれ、どんな訪問者も拒まない。そもそも境界がない。唯一「門」と呼ばれるのは、安田の作品だけで、これもまた万人・万物に開かれている。

 ▼…廃校とはいえ、幼稚園としても利用されている。「大理石の池」で園児らが戯れる姿を眺めながら、大阪・池田小学校の惨事や街角に氾濫する監視カメラのことを考えた。空間を囲い込み、周囲を疑うことでしか安息が得られない時代こそが、本当は錯覚なのではないかと。

(9.Jun,2003 梶田博昭)