ハイジの村はウィリアム・テルの国

 ▼…EU圏が東欧をも一色に染めていく中で、大海の中央に浮かぶ孤島のような空白域がひときわ目に付く。日本人が知ってそうで知らない国スイスがそこにある。警察庁長官時代に銃撃事件に遭い、今春までスイス大使を務めた国松孝次さんは、「ウィリアム・テルにこそ、その素顔を知る手がかりが隠されている」という。

 ▼…息子の頭にリンゴを載せて矢を射ることを命じたのは、欧州統合を目指すハプスブルク家の悪代官。これを射落とす伝説は、小国スイスの団結と自治の象徴だった。永世中立=武装中立は、共同体の主権を何としても守るためのしくみであり、国防は民間防衛の延長にある。

 ▼…23州で構成される連邦国家は、13世紀に3つの州からスタートした。ソ連型の力づくの統一ではなく、時間をかけて話し合うことを大切にした。2001年のEU加盟を国民投票で否決したのも、この時間軸を考えれば肯ける。連邦政府が次の投票を2008年以降としているのは、リンゴが熟すのを待つということか。

 ▼…昨年の国連加盟問題では、国民投票の賛成多数だけでなく、1票ずつ持つ州の過半数の同意で加盟を決めた。小規模であっても地方政府の自主・独立を重視する考えに立つからだ。人口720万人、九州より小さな国だけに、日本の地方自治にとっても学ぶものがあるのでは。

(28.Jul,2003 梶田博昭)