岩のテラスで修験者気分

 昔話から始めよう。
 明治の初めのことだ。廃仏毀釈と呼ばれる仏教排斥運動で本州の多くの修験者たちが修行の場を追われた。新天地を求め、北海道を目指した者も少なくない。小樽の港に降り立った彼らは、眼前にそびえる山に分け入り、護摩を焚いた。人里離れた山奥から立ち上る煙を見て、ふもとの人々が叫んだ。「天狗さまだ」。

 小樽市博物館の主任学芸員、石川直章さんから聞いた天狗山命名の由来だ。なぜこんな話をするかというと、今回紹介するのが天狗山に連なる塩谷丸山。天狗山とは山道で結ばれ、頂上部の岩場のテラスは、山伏や天狗、仙人が今現れてもおかしくないほど、厳かな雰囲気を醸し出している。

 山頂には石作りの祠、そして錆びた大きな錨や剣。さらに近くには、小さな岩の祠もある。祀られているのは水、海の神「八大龍王」だというが「文献などがないので確かなことは…。ただ天狗山周辺には、いつくも祠などが残っており、付近の山域全体が修験の場だったと考えることはできる」と石川さんは話す。

 ふもとの塩谷の漁民たちもまた丸山を崇めた。塩谷神社の宮司、鈴木重幸さんは、かつてお年寄りたちがこの山を「丸山さん」と呼んでいたのを覚えている。「山全体をご神体と考える『丸山信仰』のようなものがあったのでしょう。信仰心の厚い漁師たちが祠や錨を担ぎ上げたんだと思いますよ」。

 確かに、1957年に塩谷村役場が発行した郷土誌には、「頂上に祠があり、漁師が沖で時化に遭ったときなど『丸山の神様に頼む』といって昔から村民に親しまれている」と記されている。
 標高わずか629メートル。ゆっくりペースでも2時間もあれば頂上を踏むことができる低山だが、漁場を見渡す「神の山」だけに、眺望は特筆に値する。

 「山の魅力は登ってみなければ分からない、という見本。千メートルを超える高山にいるような気にさせられる」と市職員で小樽山岳会理事長の土屋彦(ひこし)さん。広がる日本海、塩谷、余市の街並み、積丹半島の海岸線、羊蹄山やニセコ連峰、さらには増毛山塊まで、まさに360度のパノラマだ。

 登山道途中の「450メートル台地」と呼ばれる開けた一帯は野の花の宝庫でもある。「今ならエゾノイワハタザオの白い花が美しい。もうしばらくすると、紫のウツボグサが群れになって咲く」と、丸山の植生調査を始めて3年目になる小樽野草愛好会の会長、北原武さん。月に3回は登るが、その度に違った花が出迎えてくれるそうだ。

 林業関係の仕事をしていたという北原さんは、こんなことも教えてくれた。「ニシン漁全盛のころ、粕をつくる燃料などとして、この山の木を随分伐り出したそうですよ」。崇拝したり、利用したり。人間とは勝手なものだと思いながら山頂で、下山の安全を「丸山さん」にお願いした。
 (佐々木 典寛)

(メモ)
 ■登山口=JR塩谷駅から徒歩15分、山頂まで2.8キロ
 ■登山道=丸山、遠藤山、於古発山、天狗山を結ぶ「小樽自然歩道」の一部。
 途中に水場などはないので注意しましょう
 ■装備=体力、経験に応じた軽登山装備が必要
 ■問い合わせ先=小樽市経済部観光振興室・電話0134-32-4111内線266
(読売新聞・旅ものがたり)
Panorama Maruyama   小樽・塩谷丸山
(Quick Time 約3.8MB、動画開始までしばらくお待ち下さい)