人と自然が織りなす神秘の瞬間

 厳密には橋ではない。渡ることも禁じられている。自然とは対極にある人工物の残骸だ。「なのに美しい。自然が自分の中に取り込もうとしているのかも…」。NPO「ひがし大雪自然ガイドセンター」の河田充さんが言うように、風化したコンクリートの塊と大自然が、奇妙なバランスで同居する光景がそこにあった。

 タウシュベツ川橋梁。ダム建設で糠平湖底に置き去りにされた鉄道橋だ。沈んだままなら、とうの昔に忘れ去られていただろう。だが季節によって水位を変える発電用ダム湖は、静かに眠らせてはくれなかった。

 橋は、春から水中に沈み始め、初冬までには完全に水没する。そして厳寒期、凍結した湖面を突き破って再び姿を現す。そんな荒技を半世紀にもわたって繰り返してきた。
 湖水が洗い、氷が削った表面は、砂利が浮き出しざらざらしている。古代ローマの水道遺跡に例える人もいる。しかし竣工からわずか十数年で棄てられたこの橋は、むしろ人間の都合に翻弄され消え去った山岳鉄道の墓標のようにも見えるのだ。

 森に棄てられた橋も残る。タウシュベツ川橋梁と同様、旧国鉄士幌線上士幌~十勝三股間に架けられていたコンクリート・アーチ橋群。路線開通(1939年)当時の建設要覧はこう謳う。
 「大渓谷美ノ間ニコンクリート大アーチ橋ヲ所々ニ配シ天然美ト人工美ノ快調ヲ計ッタコトハ錦上更ニ花ヲ添ヘタルモノト…」。国立公園域の景観を考慮してアーチ橋を採用したのだと、胸を張っている。

11個の円が湖上に並ぶ
 その橋たちに、時代は3度にわたって引導を渡す。まず1950年代の糠平ダム建設で、湖の西側に線路や橋が付け替えられ、タウシュベツ川橋梁を含む旧線が水没。さらに付け替え線を含む糠平~十勝三股間が1978年にバス転換、1987年の士幌線廃止ですべての橋は使命を終えた。
 近年の保存運動などで撤去を免れた橋の多くは今、国道273号から間近に見ることができる。ただし、よほど注意していないと見過ごしてしまう。森の緑が、まるで橋を包み隠そうとでもしているかのように生い茂っているからだ。

 河田さんは言う。「自然ガイドの対象として、コンクリート橋は異質。でも人と自然がどう関わってきたか、これからどう関わっていくべきかを考えるには格好の素材なんです」。
 糠平湖畔で、流木に腰を下ろし、夜明けを待った。ヒュッ…ポチャッ。空が白み、遠くニペソツ山の残雪がきらめくころ、釣り人たちが振る竿と、水面に投げ込まれるルアーの音がかすかに聞こえ始める。

 朝日が11連のアーチを照らし、油を流したような黒い湖面がその姿を映す。アーチがちょうど半円になる程度の水位、晴天、無風。こうした条件が重なった時、11個の円が湖上にきれいに並ぶ。
「めがね橋」。地元の人たち親しみを込めて呼ぶ理由がようやく分かった。
(佐々木 典寛)
Eleven Circles 上士幌・ひがし大雪アーチ橋