田中康夫とコードレスアイロン

 ▼…「コードレス」という言葉が持てはやされたのは、つい少し前。電話やヘッドフォンなど一世を風靡したものだが、今や「コードレス」を頭に冠すると、骨董品にも近い響きがある。そんな中で、コードレスアイロンだけは、いぶし銀の輝きを保っている(と思っているのは、私だけかも知れないが)。

 ▼…アイロンのコードレス化は、電話をそうしようと考える30年も前から、技術者が抱いていた夢なのだそうだ。あっさり電話に先を越されたのは、電波と違って熱を飛ばすことは至難の技だったからにほかならない。主婦がアイロンを使う時間は最低20分。これも難題だった。

 ▼…ところが、答は簡単だった。家事の様子をビデオに撮り、よくよく調べてみると、主婦がアイロンを手にする時間は1回平均11.4秒、8秒間のインターバルには、折り目を整えたり、シャツの向きを変えたりしていたのだ。この間にアイロン台で10数秒間キープできる熱を補給してやれば良かったのだ。

 ▼…「20分間の落とし穴」は、技術者の目だから見抜けなかった。アイロンを使うのが誰かを考えてみれば、そこに答えがあったのだ。「住民はお客様、行政はサービス業だ」という言葉に違和感を感じる行政マンは少なくないが、「生活者の視点を大事にする」と置き換えてみたらどうか。康夫流では「おじちゃんや、おばちゃんの目」を大切にする、ということになる。

(8.Dec.2000 梶田博昭)