ヒンケルを笑えるか

 ▼…「世界の大変革は、決してガチョウの羽ペンでは導かれなかった」。「わが闘争」の中でヒトラーは、理論よりも「言葉の魔力」の重要性を挙げている。演説会の時間設定や燭台の炎といった小道具など、民心を惹くための技巧に蘊蓄を傾け、自国の大臣の演説をこき下ろす一方で、英国の政治家を絶賛しているのだ。

 ▼…演説が持つ魔力については、チャップリンが映画のシーンで見事に描き出した。独裁者を風刺すると同時に、言葉や見せかけに揺さぶられがちな人心の脆さをも衝いている点ですごい。むしろ、滑稽なのは独裁者よりも、たやすく言葉に踊らされる自分たちなのかも知れない。

 ▼…独裁者と一緒にするわけではないが、ブッシュ大統領の演説にも一種の魔力が潜んでいるのではないか。イラク問題をめぐる一連の演説では、十分な説得材料が示されたとは思えないのに、演説後に「攻撃」支持率は確実にアップしている。神学用語を使うあたりは、ローソクの炎効果を狙ったのかとさえ思えてくる。

 ▼…だが、英米のトップがまがりなりにも説明責任を果たそうとしている姿に対比して、日本の政治家はどうか。「質朴な言葉と独創性のある表現、そして分かり易い例をもって語りかけよ」。そんなヒトラーの言葉を、まず小泉首相や統一地方選で論陣を張る候補者らに贈りたい。

(24.Mar,2003 梶田博昭)