江山洵美是吾郷

 ▼…陽気に誘われて、小樽市郊外の塩谷丸山に登った。標高わずか629メートルだが、眼下には日本海、西にニセコ連山、東に増毛山塊が遠望できる。テラス状の岩場に腰掛け足を投げ出すと、そこには地理学者・志賀重昂が「日本風景論」(1894年刊)で描いた世界が広がる。名文の一節を紹介しよう。

 ▼…「最絶頂に登りて下瞰せば、雲煙脚底に起こり、その下より平面世界の形勢は君に向かひて長揖(ちょうゆう)し来り、悉(ことごと)くこれを掌上に弄し得、(略)宛然(えんぜん)天上にあるが如く、若(もし)くは地球以外の惑星よりこの惑星を眺望するに似、真個に胸宇を宏恢(こうかい)し意気を高邁(こうまい)ならしめん」(岩波文庫)

 ▼…「日本風景論」は、発売からわずか3週間で売り切れとなった。時代は日清戦争から三国干渉へ。国民の列強に対する反発が、「大和民族」という言葉もはやらせた志賀のナショナリズムと同調した、との説もある。確かに「風景論」は彼の国土愛に裏打ちされているが、しかし、愛国心を鼓舞する内容というわけでもない。

 ▼…むしろ、科学知識に基づいて日本列島を解体し、教育者に対しては「学生の間に登山の気風を興作すべし」と提言している。付録が登山ガイドで、日本の近代登山の先駆けともなった。「愛国心教育」など持ち出さなくとも、地理と自然学習で足りるということかも知れない。

(12.May,2003 梶田博昭)