小樽にいたラストサムライ

 ▼…1世紀ほど前、小樽での話。芝居小屋で流れ者の一団が、一悶着起こした。居丈高な様に見かねてか、片隅の老人がすっくと立ち上がった。ならず者は「なにを老いぼれが」と言いかけて、その鋭い眼光に射すくめられた。「とんでもない人に喧嘩をふっかけたもの―」。市民のささやき声で、一団は真っ青になった。

 ▼…新撰組で実力ナンバーワンの剣客・永倉新八(ながくら・しんぱち)は、幹部13人のうち唯一の生き残りだった。晩年、小樽新聞に連載した回想記「新撰組顛末記」は、明治維新の実像を知る上で貴重な史料となった。彼の証言がなければ、香取慎吾主演の大河ドラマも随分違った展開になっていたはずだ。

 ▼…顛末記には「誇張説」もあったが、新八が丹念に新撰組の行動を書き留めた「浪士文久報國記事」が数年前に発見され、信憑性を裏付けた。3冊計170ページに及ぶ記事は、戦闘の模様や時代の風をリアルに描き、ラスト・サムライが一級のジャーナリストであったこともうかがわせる。

 ▼…それにしても事実(らしきもの)は、往々にして風聞やエピソードで語られる。的外れの場合もあれば、真実以上にリアルなケースもある。札幌の北大正門脇には、新八が学生に剣の極意を伝えた話が案内板に記されているが、その後学生に担がれて小樽に帰ったという逸話もある。さて、冒頭の武勇伝の真相は?

(22.Mar,2004 梶田博昭)