絵本が大統領を動かした

 ▼…東京・弥生会館で「南洋一郎と挿絵画家展」をのぞいてきた。少年雑誌の冒険小説は、ストーリーもさることながら、迫力いっぱいの挿絵にも心が踊らされる。函館出身の画家・梁川剛一は、その挿絵で怪人二十面相と明智小五郎のイメージを多くの子どもたちにインプットしたことでも知られている。

 ▼…梁川は東京美術学校(現・東京芸大)の彫刻科を首席で卒業した。札幌中心街ビルの巨大レリーフなどが代表作だが、当初は本業で食えず、バイトの挿絵で一躍人気画家となった。馬をあえて正面から描いた迫真のシーンには、彫刻家らしいセンスとテクニックがうかがえる。

 ▼…偉人伝の挿絵も好んで描き、「リンカーン」の絵本には、こんな逸話も。1937年、揚子江で海軍機が米艦バネー号を誤爆。謝罪したものの米国内の対日批判が沸騰した時、在米二世の神父がフーバー元大統領に絵本を送った。「日本国民は米国の理解者だ」というメッセージを添えて。

 ▼…やがて元大統領から出版社に感謝状が届いた。米国の風物・暮らし・建国の精神までも正確に描き切った挿絵が、心を捉えたのだ。リンカーンだけで3千枚以上描いた梁川ならではのエピソードだが、相手国の文化に対する深い理解が外交の基盤であることも物語っている。戦争の時代はその後も、今も続くが。

(16.Nov,2004 梶田博昭)