歴史の転換点ともなった箱館戦争は、小説や映画の舞台としてさまざまに描かれてきた。そこに登場する時代のヒーローたちの生きざまと死にざまは、現代人の心をも揺さぶるが、勝者と敗者の狭間に置かれた兵士と庶民の顔はにしか見えてこない。
著者は、そうした人々の視点も加えて、歴史の実像に迫っていく。中でも、戦乱を境に逆流に押し流される松前の盛衰の背景が丹念に描かれていて興味深い。行間からは、明治の英雄たちに対する民衆の恨み節さえ聞こえてくる。
確かに、今も道南地方が直面する地域消滅の危機は「箱館戦争の後遺症」とも見ることができる。その地が遂に、北海道新幹線で本州とつながった。海峡を貫く一条の光が人々に「戦後の始まり」を告げ、訪れた人々が「歴史の綾」に触れる。そのとき手に持っていたい本の一冊である。
【函館戦争再考】
若林滋著、中西出版刊、2000円+税。
【抜粋】
脱走軍降伏を最も喜んだのは松前の藩士と民衆だったろう。松前城は陥落、藩主は津軽へ逃れて病死し残った藩士は降伏するしかなかった。民衆は青森へ逃れた藩士らに軍資金を献金し、若者たちが海峡を渡って兵卒や下働きの夫卒に志願し、一日も早い反攻と松前城の奪還を願った。松前軍の兵士の多くは藩主徳広の死後、軍服の下に喪服を着て脱走軍と戦った。