「榎本釜次郎外数名糾問並所置事件」の副題にある釜次郎とは、旧幕府軍を率いて蝦夷地を一時占領した榎本武揚にほかならない。弁護士でもある著者の関心は、武揚ら「函館降伏人」十名がどのような訴訟手続によって裁かれ、糾問に対して彼らがいかなる供述をしていたかに注がれる。その核心を成す「吟味詰り之口書」は見つけ出すことはできなかったが、獄中書簡や新史料を含む膨大な記録を元に、勾留から処分に至る詳細な事実が再現されていく。厳罰論と寛典論の対立の実体や、武揚の助命を嘆願した敵将と伝えられる黒田清隆の行動原理が、法律家らしい視点で解析されている。特に、屯田兵制度創設の一因ともなった福山・江差騒動を恩典をもって収束させた一件と函館裁判とを関連付け、「人間の条理」に依って立つ黒田と、「国家の条理」を重視する厳罰論の木戸孝允とを対比させた点に共感を覚えた。
【箱館戦争裁判記】
牧口準一著、北海道出版企画センター刊、4000円+税。
【抜粋】
徳川将軍・会津藩主松平容保・仙台藩主伊達慶邦等に対する「被免」措置は、榎本釜次郎等に対する処分にも大きな影響をもたらすものである。すなわち、戊辰戦争・箱館戦争は、明治維新により起きたものである。したがって、箱館戦争の榎本釜次郎以下の首脳の責任は、徳川将軍等と均衡するものでなければならない。司法における刑の均衡である。