爽快!氷上の露天風呂

  よくもまあ、こんなことを思いついたものだ。
  凍結した湖の真っただ中で湯けむりを上げる露天風呂。もちろん自然界にそんなものがあろうはずはないから、人間があれこれ知恵を絞った。十勝・鹿追町の然別湖に、厳寒期だけ出現する氷の村「然別湖コタン」の氷上風呂のことだ。
 実のところ、湯船がFRP(繊維強化プラスチック)と聞き、どうも風情に欠けそうで、それほど期待はしていなかった。ところが、実際に入ってみると、これがどうして実に爽快。湖の主になったような気分で、あきれるほど長湯をしてしまった。

 脱衣場は、イグルーと呼ばれる氷の家。冷凍庫の中で裸になるようなものだが、風がないので屋外よりはまだましだ。「えいやっ」とばかり服を脱ぎ捨て、湯船に一目散で駆け込んだ。冷えた体には、一瞬熱く感じるが、すぐに程よい湯加減なのだと分かる。こうなると、もう出るに出られない。
 正面には「くちびる山」の愛称で親しまれる天望山。なるほど二つの峰を結ぶなだらかな稜線は、人間の上唇そっくりだ。その口元に向けて一面に広がる真っ白な雪原には、寒風が描いた風紋が、さざ波のように輝いている。

凍結した湖の真ん中で「いい湯だな」

 足元からは湯がどんどん流れ込んでくる。百㍍ほども離れた湖畔のホテルから湖上のパイプラインを伝って運ばれる正真正銘の温泉。溢れそうになった湯は、湯船の中に突き出たパイプに吸い込まれ、湖岸へと排出されるから、周囲を固めた雪氷を融かすこともない。
 「すべて手作り。断熱材を挟んだ二層構造の湯船は、今回から二つにしました。浮き桟橋に乗せた状態で結氷を待つなど準備は大変」と、実行委員会メンバーで然別湖ネイチャーセンターのチーフマネージャー、石川昇司さんは言う。

 周囲には、実行委スタッフやボランティアたちが造り上げた氷の教会やイグルーが点在する。どれも氷のブロックを積み上げ、雪で固めた構造で、陽光を浴びた内部は幻想的なムードを醸し出している。
 「材料は氷と雪、そして寒さだけ。寒さがなくなったら、何も残さず元の湖に還す。寒いからこそ存在する村なんです」と石川さん。訪れる人は、標高八〇七㍍、道内で最も高所の自然湖に出現する幻の村の「村人」として過ごす。

 夜は、「村人」たちが集う氷の酒場「アイスバー」へ。ホールも壁もカウンターもテーブルも、何もかもが氷と雪。そこで氷のグラスに注がれたカクテルを傾ける。
 聞いただけで、ブルッと震えが来るかも知れないが、実は違う。氷点下一〇度近い屋外に合わせて着込んでいるから、イグルー内部はむしろ暖かくすら感じるほどだ。

 湯上りのほてった体ならなおさらで、「もう一杯」と、ついついお代わり。ほかほか気分で帰ろうとしたら、テーブルに置いていた濡れタオルがバリバリに凍っていた。
 
(佐々木 典寛/読売新聞Wendsday旅)
Ice Hot tub 鹿追・然別湖コタン
写真/河野利明