かつて自動車販売会社のサラリーマンだったという福本晴男さん と、妻のみち子さん が2 人で切り盛りする上川・美瑛町白金温泉の「ほしの灯家」は、そんなちょっと風変わりな宿。客室6 室の小ぢんまりした洋風の建物は、いかにもペンションなのだが、宿泊客が去った後も、風呂道具を手にした日帰り客が次々とやって来る。

 オープンは2000年7月。ペンション経営を夢見ていた福本さん夫妻に、この地を選ばせたのは、白金温泉に向かう途中の「白樺街道」で出会った息を飲む風景だったという。
   「目の前の空に残雪の美瑛富士がドーンと浮かび上がって… 。『ああ、ここだ』と思った」と、みち子さん。同温泉の源泉はすべて町が
 管理しており、宿であれば湯を分けてもらえることも決め手になった。

 とは言え宿泊施設経営はまったくの初心者で「今思えばかなり無謀な計画だった」と福本さん。露天風呂も自身で手づくりしたはどで、厨房を一人でこなす、みち子さんもてんてこ舞いの毎日。「理想と現実は違った」と夫婦は笑う。
 そんな中、素人の頑なさで守り続けたのが徹底した湯の管理。温度は湯量で調節し、加水、加温などは一切しない。
 循環ろ過や塩素使用もない「完全放流」式のため男女それぞれの内湯、露天の湯抜きや浴槽洗浄などが毎日の日課になった。

静かで飾らない宿のくつろぎ
 今では源泉100% 掛け流しの「本格温泉」ペンションとして知られるほどに。「年に5 、6 回は来る」と言う旭川市の長原利子さんは「露天風呂は湯華がいっぱいで趣があって好き。帰宅しても夜まで体がポカポカ」と話す。
 この日、初めて立ち寄ったという同市の高森由美さん も「湯加減がちょうど良くて長湯してしまった。露天も素朴な雰囲気で落ち着く」と満足そうだ。

 宿は完全禁煙で宴会も断る。食卓には「静かで飾らない個性的な宿にしたい」と言う、みち子さん手づくりの創作料理が並ぶ。
  「湯に助けられてここまできた」と福本さん。夢に描いたゆとりの日々はどこへやら。深夜から翌日午前まで断続的に続く浴室の手入れの最中、露天の湯船近くに早くも顔を出したフキノトウに気付き、ほっと一息つく日々という。
(佐々木 典寛)

【メモ】 
 ■アクセス=JR美瑛駅から約20キロ。道北バス「保養センター前」下車
 ■泉質=ナトリウム・マグネシウム・カルシウム—硫酸塩・塩化物泉
 ■定休日=原則火曜(10月〜4月)
 ■ 宿泊(1泊2食)=7500円から 、日帰り入浴=500円
 ■予約・問い合わせ=電話 0166・94・3535
(読売新聞・旅ものがたり)
Barden House  美瑛・ほしの灯(あかり)家
 人生の後半は雄大な自然に抱かれて、ゆったりと暮らしたい。自宅には温泉もほしいし、食べていく程度の仕事もしたい。ならば、いっそ夫婦で温泉ペンションでも経営しようか― 。
 こんな夢を描く中年諸氏は多いだろう。が、しょせん夢は夢。現実の壁の前であきらめてしまう人がほどんどなのだが、時に、素人ならではのこだわりと熱意でユニークな施設を誕生させてしまう人もいる。

温泉ペンション、こだわりの湯
 かつて自動車販売会社のサラリーマンだったという福本晴男さん と、妻のみち子さん が2 人で切り盛りする上川・美瑛町白金温泉の「ほしの灯家」は、そんなちょっと風変わりな宿。客室6 室の小ぢんまりした洋風の建物は、いかにもペンションなのだが、宿泊客が去った後も、風呂道具を手にした日帰り客が次々とやって来る。