市町村合併問題を中心に、京極、倶知安、ニセコの3町長が公開の場で意見を交わす懇談会が9月7日、京極町公民館で開かれました。同懇談会は3回の開催を予定しており、第1回目の今回は「合併なき行政維持は可能か」をテーマに、佐藤克廣・北海学園大法学部教授が基調講演、続いて3町長が、管内町村職員、住民ら約200人を前に、それぞれの思いを語りました。その概要を報告します。 |
【基調講演】
講師:佐藤克廣 北海学園大法学部教授
テーマ:「合併なき行政維持は可能か」
■町村にも、これから「痛み」
地方分権により、町村もいろいろなことを自分たちで決めなければならなくなった。行政も住民も変わらなければ、地方自治の充実は図れない。市町村合併は財源問題が最も大きな要素となっている。国の借金が増え、666兆円にもなろうとしていており、国が多くの税を集め、地方がその多くを使うというシステムの中で、国も頭を悩ませているが、(町村にも)これから痛みがともなってくる。それを経験する中で、変わっていかざるをえないだろう。
■迫られる効率化
(財源が厳しさを増す中で)行政の効率性が問題になってくる。例えば、町村職員1人当たりの住民人口は、多いほど行政の効率が良いということになる。住民50人に職員1人というのが最低限度だろうと言われているが、今日参加している自治体にも、その水準を下回っているところがあるのが現状だ。また町村の多くは自主財源が乏しく、国からの交付税なくしては運営は難しい。その国からのお金も今までのようにはいかないだろう。締め付けはもう始まっている。
こうした効率を考えると、市町村合併は、規模が大きくなる分、議員、首長も減らせるし、職員や公共施設も同様に効率化できる。国も特例法で「アメ」の部分をいくつも出している。しかし、合併を考える前提として、効率性ばかりでなく民主性、自治意識も重要だ。合併したはいいが、住民が「まち」に誇りを持てなくなるようではいけない。5年後、10年後、まちがどうなるか。合併しなくともやっていけるか。そうしたことを総合的に考える時に来ている。
【各町長意見】
●「兵糧攻め」に現実的対応必要―伊藤弘 倶知安町長
まず、この懇談会についてだが、もともとは「合併」というより「まちづくり」について話し合おうというところからスタートしている。本来であれば、羊蹄山ろく7町村の首長が集まるのがいいのだが、日程調整などもあり、なかなか難しい面があった。本音で分かりやすく話すとなると、まず首長3人くらいの規模ならできるのでは、ということで今回の開催となった。
市町村合併について最初に言っておきたいのは、今までのシステムのままであれば、この3町は何も困らない。(合併しなくとも)それぞれの特徴を出したまちづくりが出来るし、これまでもやってきた。ところが流れが変わってきた。膨大な国の借金、さらに少子高齢化の波が着実に押し寄せる中で、「このままでは・・・」という声が出てくるのは、むしろ必然ではある。しかし、それが「地方も節約」となり、さらに交付税に手をかけられるとなると・・・。3町とも、すでに相当の工夫をしながら財政運営をしている。国が「国土の均衡ある発展」という看板を降ろしたことで「こりゃ、えらいこっちゃ」となった。
本来、合併は、(国からの)「兵糧攻め」でやるものではない。どういうまちづくりをするかという論議から入るべきだ。例えば、観光に関しては倶知安とニセコの境界はない。そうしたところから論議を積み上げていきたいのだが、「金(交付金)」の話が先に立つ状況になり、「まいった」というのが本音だ。ただ、それだけに現実的重みを持っているのも事実で、借金が666兆円もあると、国の流れは単なる「脅し」ではないということを確信せざるを得ない。合併をひとつの「手段」として検討してみる必要はあるし、その中で、本来の「まちの将来を考える」ことが出来る余地もあるのではないか。
●現在は国の「特別セール」期間―逢坂誠二 ニセコ町長
(冒頭に、市町村、議会、道庁の関係者に挙手を求めたところ、参加者のかなりの人が挙手)。やはり「業界」内部の関心の方が高く、住民にとって合併はまだ喫緊の課題になっていないようだ。合併は、しなくて済むのであれば、しない方がいい、という住民は多いのではないか。先輩が築いてきたまちをなくすようなことはしたくないという気持ちは、皆同じだろう。
しかし、666兆円の借金を抱え、人口が減っていくという現実は、1人当たりの借金が増えるということを物語っている。さらに、私たち(行政)の仕事も、ひとつの町ではできないことが随分と出てきているし、住民の生活圏も町村の枠を超えて広域化している。こうした中で、50人とか、100人の自治体職員で、果たしてやっていけるのかと考えることもある。基本的に私は(合併は)したくない。問題は、それでやっていけるかで、合併はひとつの選択肢としてとらえている。
国もさるもので、平成17年3月までに合併した自治体に対する有利な条件を次々に出している。言わば「特別セール期間」だ。判断のための時間がない中で、「確信を持って買わない」のか、あるいはセールの誘いにのるのかを決めなければならない。そのためには、議論の材料をはっきりさせなければならない。国からの金は少なくなっても、何を我慢し、どう工夫するかを決め、合併せずに頑張るんだという選択ができるか。誰かではなく、私たちみんなが、確信を持った選択をしなければならない。
●「合併しない」まちづくり探る―山崎一雄 京極町長
まず私は、合併には、前向きではないということになっている。ただ、それは合併論議をしないということではないし、論議の必要性も感じている。国の財政問題をはじめ、状況がこれからどんどん厳しくなるであろうことも理解しており、交付税についても、これからではなく、すでに締め付けが始まっている。
ただ私には、過去に合併した経験のある自治体から「合併してよかった」という声がほとんど聞かれないではないか、という思いがある。そこで「合併しなくて済むなら、したくない」という姿勢ではなく、合併をせずに何とかやっていく方法、そうしたまちづくりの方法を、住民の皆さんと考えていこう、ということを言いたい。例えば、(町村行政の)仕事の一部を、国や道にやってもらうという制度も出てくるかも知れない。
結論的には、合併しないまちづくりの方法を、住民と考えていくということだが、ともに厳しい状況に我慢できる体制ができるかどうか。どうしても無理ということになれば、潔く合併ということもあるかも知れないが・・・。
【意見交換での発言から】 ●佐藤教授
実際問題として、合併するには準備期間が必要だが、特例法の支援を受けるには、今年度中に態度を決めないといけないだろう。する、しない、とちらにしても今より良くなるというものではないが、ただ、やるのであれば「今」ということになる。合併する場合は、先延ばししては、得られるメリットが少なくなることだけは間違いないだろう。 ●逢坂町長
国が地方自治体をいじめているような論議になりがちだが、いずれにしても、日本がとても良くない状況にあると言える。合併せず、例えば財政規模が半分になっても頑張れるか。あるいは合併して、なお大きな試練に耐えられるか。まちづくりを本気で考えねばならない時だ。
●伊藤町長
国は交付税の見直し、カットと言ってはいるが、数字が出ていない。一方で、合併すれば、本来減る分を10年間減らさないと言っている。では、合併しないでいると、どう減るのかが実は分からない。
●山崎町長
確かに、合併しないとどうなるのかが、分かりづらい。それだけに、実感のある議論というのも難しくなっている。また、合併したからと言って、国が言うような効率的な行政になるのか、疑問も残る。 ●伊藤町長
町村の財政規模が縮小されれば、当然できないものが出てくる。これまで町村が行ってきた道路整備なり、教育なりといった分野を国なり道なりに任せるという行政の全体的な役割分担の見直しが必要になるかも知れない。道州制論議ともつながってくるのだろうが・・・。
●逢坂町長
国にも注文をつけたい。国の無駄をまず無くすべきだし、国、地方の税の配分も見直すべきだ。また、例えば町村が、無駄な農道を止めて、その分を学校や福祉に回してほしいとしても、それができない仕組みになっている。総合的、包括的な補助金のようなものを導入してほしいとも思う。
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