市町村合併の論点(4)〜近隣自治を考える1

2002/08/26
(オンラインプレス「NEXT212」91号掲載)

 

 「近隣自治」がまちを変える

 市町村合併に関する法定協議会の設置数は全国で96件386市町村(7月29日現在)に上り、任意の協議会や研究会レベルのものも加えると、市町村の約70%が何らかの形で合併問題を検討していることになります。仮にこれらがすべて特例法の期限までに合併すると、政府与党、自民党が掲げる目標(千)に至らないまでも、千数百の市町村に再編されることになります。しかし、それでもなお半数近くが人口3万人未満の小規模町村として残ると見られます。

  地方制度調査会の論点は、合併・再編後に残った小規模自治体と新たに誕生した大型都市の住民自治をどう実現するか、これに都道府県がどう関与するかに絞られていると言っても良いでしょう。論議はこれからですが、論点整理の中では、自治のしくみづくりに当たって「地域の主体的な選択」としくみの「多様性の尊重」という考え方にも力点が置かれていることが注目されます。

  また、合併による規模的拡大では住民自治の実現という面でメリットを見出せない市町村の中には、地域の主体性と多様性を重視する立場から新たなコミュニティの形成を求める声も聞かれます。これらの論議のうち「近隣政府・近隣自治(ネイバーフッド・ガバメント)」という考え方も、今後、焦点になっていきそうです。

  近隣自治は、町内会などの地域社会を単位とした住民組織による主体的な自治活動を指します。日本では環境保全や防災などの分野で住民の主体的な取り組みが広がりを見せており、これらの任意の自治活動も広い意味で近隣自治といえます。また、諸外国には法人格を有し課税権や決議機関を持つものや、地方政府から一定の権限を与えられたコミュニティ組織などさまざまな形があります。

  財団法人・日本都市センターの市民自治研究委員会(委員長・寄本勝美早大教授)がこのほどまとめた「近隣自治」に関する報告書を基に、諸外国の事例などを紹介します。

 英国・パリッシュ制度

  英国の基礎自治体(ディストリクト)は、日本の市町村の平均面積の4倍以上の広さを持ち、平均人口も約12万人(日本は約3万8千人)と西欧の中でも規模が大きい。カウンティ(日本の都道府県に相当)、ディストリクトに次ぐ第3層の自治組織・近隣政府は「パリッシュ」と呼ばれ、1万ほどあるそうです。人口500人未満のものが約40%を占め、1万人以上のパリッシュはごくまれ。

 ■人口1700人、合併きっかけの誕生も

  教会の布教のために設定された教区が起源ですが、72年地方自治法による合併の進展に伴って誕生したパリッシュもかなりあるそうです。パリッシュの創設や廃止は住民の意思に基づいて行われ、課税権や一定の行政権を持つことから「マイナーな自治体」とも呼ばれます。

  住民意思が優先されるためその形態や機能も多様ですが、住民約1700人、議員9人、事務職員1人、財政規模約300万円というのが平均像。パリッシュが担う役割としては、公園や市民農園、コミュニティホール、街頭、駐車場などの設置管理、広場の時計や公衆トイレの維持管理などです。また、ディストリクトレベルの都市計画に対しては、実質的な許諾権限を有しています。このため、議会の役割も重要視されているわけです。

  パリッシュの意思決定機関としては、住民の直接選挙で選ばれた議員で構成するパリッシュ・カウンシル(議会)のほか、住民全員が出席し決定に加わることができるパリッシュ・ミーティングがあります。カウンシルは課税権や条例制定権を有するのに対し、ミーティングは住民に自由な発言の機会を与える住民総会のような形を取っています。

  議会議員は、「No Party・NoPolitical」が原則で、政党政治はほとんど見られません。議員は「地域のために奉仕するボランティアであり、コミュニティの意思を反映させる」ことに基本的なスタンスを置いているからです。

 ■議会に課税権、県や市町村とも連携

  パリッシュの予算は、毎年、ディストリクトに対して1年間の必要額を報告し、ディストリクトがカウンティ、ディストリクトの分と合わせてパリッシュの税金も一括徴収します。これらの税金の使い道は、カウンティは主に保健・医療、警察、主要道路、教育に、ディストリクトは清掃・照明、一部の主要道路、住宅などに、パリッシュはより地域的なもの、住民が必要とするもので、カウンティやディストリクトではまかなえないものをカバーします。

  このように、パリッシュは住民にとって最も身近な存在であり、住民の声を最も反映できる自治組織といえます。ブレア政権のベスト・バリュー政策では、パリッシュ、ディストリクト、カウンティの各層が機能分担しながら自治体が連携し、その役割を活性化させようとしてます。このため、より住民に近いパリッシュの役割がさらに重要になると考えられています。

  パリッシュのサービス提供の内容は、日本の町内会やNPOがカバーしているものとも重なり合っています。しかし、独自の議会制度と課税権を持ち、単に一部の公的サービスを提供するだけでなく、ディストリクトやカウンティの政策にも住民意思を反映させるシステムとなっている点で大きな違いがあります。また、パリッシュを設置しないことも、何のサービスも提供しないことも住民の選択に任されている「主体性・多様性」にも注目すべきでしょう。

 

 

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