市町村合併の論点(8)〜「西尾私案」のカンどころ

2002/11/11
(オンラインプレス「NEXT212」100号掲載)

私案全文、町村会意見書(pdf、602KB)はこちら
 

 1. 「強制・駆け込み合併」加速?  

 基礎的自治体の在り方が焦点となっている地方制度調査会の副会長・西尾勝国際基督教大学教授が示した合併特例法以降の市町村再編案が、波紋を広げています。

  西尾私案では、財政上の特典を付けた現行特例法の延長ではなく、人口を目安に小規模自治体を解消していく方向を示しました。その人口規模を法令で明示するとしていることから、マスコミは「強制合併への転換」と報じています。

  基礎的自治体は「現在の市が処理する程度の事務処理が可能な体制」とし、市に準じる規模のものを除いて、町村再編に重点を絞り込んでいます。合併できない・したくない町村については、県から自治事務の垂直補完を受け、窓口業務などに限定される「マイナー自治体」か、基礎的自治体の内部団体に移行するかの選択の道を提示しています。

  このため、町村の中には「自治権の事実上の剥奪だ」と反発する声も聞かれ、一方で「駆け込み合併」に向かう動きも予想されています。

  確かに、合併協議のタイムリミットが迫る中、私案は「ゴール直前での一ムチ」とも映り、背後には限界に来た国の台所事情が透けて見えます。しかし、地方分権の時代にあって、現行の枠組みでは不十分な現実もあります。これを機に、住民自治を定着させるための自治体のイメージを具体的に描き出すことも必要ではないかと思います。

西尾私案の考え方の要旨

1. 地方分権時代の基礎的自治体に求められもの

(1)充実した経営基盤

  • 住民に身近な事務を自律的に担う
  • 極力都道府県に依存せず、自己財源により住民サービスを充実させる
  • 現在の市が処理する程度の事務処理が可能な体制を構築する 
  • 一層効率的な行財政運営

(2)住民自治の強化

  • 基礎的自治体の内部団体としての性格を持つ自治組織を必要に応じて設置
  • 住民やNPOなどとの協働による地域の主体的な運営

2. 小規模自治体に関するポスト特例法対策

(1)2005年4月以降の一定期間、現行特例法とは異なる手法で合併を推進する

(2)それでも再編されなかった地域は、例外的に措置

  • 市町村事務の全部または一部を別の行政主体に移管する
  • 森林保全や食糧供給に関する役割については、都道府県や再編後の基礎的自治体に事務配分する

目指すべき基礎的自治体のイメージ(下図参照)

 

 2. 2つの視点

 西尾私案では、基礎的自治体を考える上で、「経営基盤の充実」「と「住民自治の強化」という2つの視点を挙げています。

  第1の自治体経営の基盤については、「自己決定・自己責任」という地方分権の理念に立てば、避けて通れない課題といえるでしょう。福祉や教育、まちづくりなど住民にとって身近な行政事務を、できるだけ国や都道府県に頼らずに完遂できることは基礎的自治体の基本的な機能・役割と考えるのは当然です。私案ではその裏付けとして、財政基盤とともに「専門的な職種を含むある程度の規模の職員集団を有すること」も挙げています。

 ■住民自治強化の視点に立って

  財政基盤に関しては、国と地方の税財源の見直しも必要で、この点への踏み込みが乏しいのは気になりますが、「経営単位の再編成」とする考え方に力点が置かれていることが注目されます。行政サービスの事業体としてマネジメントの合理化・効率化・先鋭化を自治体改革のエンジンとする一方で、その方向をコントロールする「住民自治の強化」をパイロット役に据えているからです。

  考えてみれば、現在、多くの自治体が模索している市町村合併も、規模拡大による行財政の効率化が唯一の目的ではなく、住民自治のしくみを強固にすることが同時に求められているはずです。

  上の図は、私案を基に新時代の自治体の姿をイメージしたものです。便宜的にネーミングすれば、分権時代の基礎自治体としてオールマイティな機能を持つのが「メジャー自治体」。そこに至らない現在の町村は、都道府県の傘の下で限定された自治事務を扱う「マイナー自治体」、あるいはメジャー自治体の内部団体に移行する「ミニ自治組織体」といった形態を選択することになります。

  今後大いに議論となる部分ですが、エンジン(経営形態の効率性)よりも舵(住民自治の実効性)を重視する視点に立てば、問題の見え方も違ってくるように思えます。

 3. 「コミュニティ自治」どう確立

 西尾私案では、「マイナー自治体」は、窓口サービスなど通常の基礎的自治体に法令上義務付けられた自治事務の一部を担い、その他の事務処理は都道府県が垂直補完することとしています。都道府県は、それらの事務を直轄で処理するか、広域連合やメジャー自治体に委託するか、選択することになります。

 ■近隣政府の発想が下敷き

 「マイナー自治体」の組織・職員は「極力簡素化」し、長と議会は置くが、助役、収入役、教育委員会などは置かないことを検討する、としています。

  一方、メジャー自治体の内部団体に移行した「ミニ自治組織体」は、法令によって義務付けられた事務はなく、必要な事務処理を行う場合には基礎的自治体の条例によることになります。組織も現在の町村の体制から「大幅に簡素化」し、やはり条例で定めることとしています。財源は、基礎自治体からの移転財源のほかは、ミニ自治組織体に属する住民が負担するとの考えに立っています。

  「マイナー自治体」「ミニ自治組織体」とも、欧米で定着しているネイバーフッド・ガバメント(近隣政府)の考え方を下敷きにしているのが特徴です。「マイナー」は、母体となった村レベルの共同社会における共通課題の処理について、住民合意を形成するという「決定(舵取り)機能」が、住民自治の核心に位置付けられます。また、「ミニ」は、都市内分権の考えと絡み合わせながら、自治会などを単位とした「コミュニティ自治」的な方向を目指しているものと思われます。

 ■仕組み作りに地方から声を

  私案では、法人格を付与するかどうかも含めて、できるだけ多様性と選択性を持たせようとしています。地方自治・住民自治の本旨に立てば、地域がどうありたいのかは「地域の主体的な選択」に任せられるべきであり、その形・しくみもまた多様性が認められるべきだと思います。

  そうした意味では、「損得論」が主体の合併論議や、地方制度の大胆な改革に対する消極論には、首を傾げざるを得ません。むしろ小規模町村も含めて地方の在り方に関しては、もっと地方から、町村から具体的な提言やモデル的な取り組みがあっても良いのではないでしょうか。 

(梶田)

 

 

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