続・市町村合併の論点13
合併協解散の背景(2)

2003/08/25
(オンラインプレス「NEXT212」134号掲載)

 

 <1>兵庫県北部5町〜庁舎問題、最後まで平行線

 兵庫県北部の美方郡村岡・浜坂・美方・温泉4町と城崎郡香住町による法定の合併協議会は、2002年10月の発足から1年近い議論の末、解散を決めました。

 ■産業連携・総合力発揮に大きな期待

 三方郡4町で人口約2万8千人、これに東に隣接する香住町が加わることで、新市誕生が可能に。単独では一産業に依存しがちだったのが、日本海の恵みを受ける水産業と「但馬牛」ブランドを核とした農畜産業、さらに温泉観光などの地域資源を結び付けることで総合力を発揮する。そんな5町合併の可能性は「海・山・温泉 人が輝く、共生と交流のふるさと都市」というメーンテーマに象徴されました。

 7月までに9回の協議会を開催し、合併の方式、期日、新市建設計画などの最終調整を残すばかりとなっていました。最大の論点となった新市の庁舎問題は、小委員会方式で12回にわたり議論を重ねながらも合意が得られず、町長・議長会のトップ協議も不調におわりました。

 ■生活圏と行政の軸にギャップ

 新庁舎問題は、人口が集積する浜坂町(約1万2千人)か香住町(約1万4千人)かに絞られ、村岡町は「香住」案を支持、美方町が態度を保留、温泉町は「香住」案に強く反対の姿勢を取りました。温泉町は、香住町との市街地間の距離が約30キロもあり、反対方向にあって買い物や通院の依存度が高い隣県・鳥取県の鳥取市(距離約35キロ)との関係などから、「香住案では住民の理解は得られない」というのが理由です。

 小委員会の議論の過程では、庁舎位置を絞り込むため、合併先進地の事例を参考に事務局がワークシート方式の選考基準も作成しました。主な項目は次のとおりです。

  1. 事務所、官公署までの距離、交通事情を含めた住民の利便性
  2. 本支所の在り方を含む行政機構の一体性
  3. 新市建設計画と整合した長期的な展望
  4. 既存建物の規模、機能を生かした効率的な活用

 <2>特例債活用で「同床異夢」

 兵庫県北部5町の合併協議会では、新市庁の立地点を客観的に絞り込むための工夫も凝らされたほか、最終局面においては5町の枠組み維持を目指して本支所の分庁案も提起されました。しかし、香住町の新市庁案に反対する浜坂、温泉両町議会が全会一致で解散を決め、5町の枠組みは白紙に戻りました。「5町の善良な関係を保つため、今こそ勇気を持って白紙に戻すのが円満解決の道」(馬場雅人・温泉町長)という言葉が、合併協議の難しさを物語っています。

 ■市庁立地問題と絡み考え対立

 この間の合併協議を再検証すると、新市庁の立地問題が不調の要因とはいえ、必ずしも単純な「綱引き論」の行き詰まりではないということが分かります。特に、市庁問題に絡んで合併特例債をどう新たなまちづくりに活用するかという点で、考え方の大きな違いがあったことが注目されます。

 合併後の新市のまちづくりのための建設事業に対して措置される合併特例債は、5町の場合で最高約250億円(事業費ベース)に上り、うち約145億円は地方交付税で措置される見込みです(試算)。合併から向こう10か年の事業が対象で、合併のメリットの柱とされていますが、新市庁舎検討小委員会では、大きく意見が対立しました。

 ■共有財産に充当か住民サービス優先か

 香住町内に庁舎新築を主張する同町は、現役場からの移転に伴う補償費とそれまで積み立ててきた庁舎建設基金などを充ててもなお不足する分について、特例債を利用したいと提案。新庁舎は合併により5町の共有財産となるのだから、新市計画の事業などを勘案しながら一定程度特例債を振り当てるという考え方です。

 これに対し、浜坂町は、現在の同町役場庁舎を新庁舎に充て、ほかの既存施設も活用すれば経費も最小限で済み、「特例債はできるだけ住民サービスに関わる事業に充当すべき」という主張です。新庁舎を合併後の新市のシンボルとする考えを牽制しながら、行財政基盤の強化・行政の効率化という合併の主目的を重視しようという考え方です。

 結果的には、特例債をどう活用するかも含めた新しいまちづくりのための具体的な議論に入れず、決定的な対立を避ける形で解散に向かったともいえそうです。

 <3>「二者択一」の壁をうち破れ

 美方郡4町と香住町の合併協議会は、住民の満足度を定量的に調査したり、中高校生ら次代を担う住民の意見にも耳を傾ける一方、できるだけ客観的なデータに基づいて新庁舎問題の解決を図ろうとするなど、評価すべき点が多くあります。しかし、その一方で、解散に追い込まれた要因として、次のような点が指摘できるのではないでしょうか。

  1. 合併によって何を目指すのか、大前提となる基本理念についての議論が不十分だった
  2. 「あれか・これか」の二者択一論から抜け出す、創造的な議論に発展させられなかった
  3. 合併特例のタイムリミットが、結果的に議論を熟成させる上で、ネックとなった

 このうち、二者択一論は、しばしば合併協議をデッドロックに乗り上げさせる要因となっています。議論が螺旋状にグルグルと回転するばかりで、結局は妥協か懐柔による決着を待つしかないという状態です。

 ■ライフボート・ロジックのすすめ

 これは日本的な解決法としてプラス面もありますが、従来の流れを打ち破る中から新しい道を切り開こうとする場合には、有効な手法とはいえません。また、欧米流のディベートによるオール・オア・ナッシングの議論でも、説得はできても多くを納得させることは困難でしょう。

 そこで、問題解決のためにこんな視点はどうでしょう。9人の水難者を前に6人乗りの救命ボートしかない場合、「3人には死んでもらう」という数学的な思考ではなく。例えば、数人が代わる代わる泳ぎながらボートを漕ぐといった工夫もあるはずです。

 これは「ライフボート・ロジック」と呼ばれる思考法なのですが、合併をめぐる問題は、まさにライフボートをどう生かすかという議論なのではないかと思います。

 

 

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